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満漢全席

満漢全席の画像

皆さんは“満漢全席”をご存知ですか?“満漢全席”とは、清朝時代の高級宮廷料理のことで、 本来そのメニューの数は100超え、2日間に渡って食べ続けるものなのです。“満漢全席”は、中国皇帝主催の宴であり、かの女帝『西太后』が毎日食べていた言われています。中国全土のありとあらゆる美味しい食べ物、珍味のすべてを網羅した絢爛豪華な宴席料理です。“満漢全席”には、中国全土の贅の極みがあるのです。

清朝末期、女性権力者として君臨した女帝西太后。彼女が毎日食べていたと言われているのが、“満漢全席”です。彼女は、1日に2回の正餐と2回の間食を食べていたそうです。正餐では100皿、間食でも少なくとも20皿~50皿の料理が用意されたと言われています。
無論、西太后1人で食べきれる料理の数ではありません。料理の大部分はチラリと眺めただけで、少しも手をつけずに下げていたと言います。西太后は、“満漢全席”を食べるというよりは、目で見て楽しみ、1つの喜びとしていたようです。
西太后の為に振舞われていた“満漢全席”は、一口に絢爛豪華と表現される満漢全席の豪華さ、派手やかさ、徹底ぶりは桁違いで、宴会料理の範囲を遥かに飛び越えたものであったとも言われています。

では、なぜ“満漢全席”と呼ばれているのか。それは清王朝の由来に関わっています。
清王朝は、17世紀半ばから300年間も全中国を支配した中国最後の王朝です。支配者はもともと、東北地方を統治していた騎馬民族の満州族でした。満州族は、北京郊外にあった万里の長城を越え、破竹の勢いで南下し、中国南東部の穀倉地帯である中原地方にまで達し、それまで漢民族が支配していた明王朝を軍門に降して、全国を統一しました。
しかし、そこはもともと圧倒的多数である漢民族。漢民族の歴史と文化がそこにはありました。漢民族は、言語、文化、知識の面でも明らかに満州族より優れていた。
そこで、清王朝第6代皇帝になった乾隆帝は、漢民族の文化を滅ぼすことなく、自分たち満州族の文化と共存させ、さらに成熟した華やかな融合文化を作り上げた。それが“満漢文化”であり、宮廷料理にもそういった融合文化が実を結んだ結果、“満漢全席”が出来上がったのです。

中国最高峰の宮廷料理、“満漢全席”。
“満漢全席”には、こんなお話しがあります。100年前の清朝末期には、“満漢全席”は今よりもっと過激な料理で合ったようです。当時、料理店で“満漢全席”を食べるためには、まずお客様が予約を入れます。そして、実際に食事をいただく日時は店主がお客様に通告する仕組みになっていました。
と言うのも、その頃振舞われた“満漢全席”は、贅沢の味に慣れてしまった皇帝や上客たちの舌を満足させるため、次々に珍しい食材を求め予約した客の人数分の食材を集めるのに時間が必要だったのです。嘘か本当は分かりませんが、当時の記録には『猿の脳みその活き作り』『ねずみの胎児の踊り食い』なんていうメニューがあったそうです。

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